登校日にマリは
私以外のクラス全員にお土産のお菓子を配りました。ポケット小僧は「
はんぶんこしよう!」と言ってくれました。「渇すとも盗泉の水は飲まず!」強がって見せたけれど
本当は欲しかった!後で校長先生から「全員に配れないならそういう事はしてはいけない」と注意を受けた時、マリは「
自分のお金で買ったお菓子を誰にやろうが、やるまいが指示される筋合いはない」と居直ったそうです。マリは私が「
お菓子を貰えなかった僻みから校長に
密告(ちく)った」と勘ぐった様ですが「4組だけお菓子を貰えたのはずるい」と他のクラスの子が騒いだだけです。子供は
僻みっぽいですからね?!
そのお菓子かるかんは大人になって鹿児島に行った時に買って来ました。母には別のお土産を与えて「これは
私が一人で食べさせて!」と言いました。悔しかった昔の思い出も初めて話しをしたのにも関わらず母は「たくさんあるのだからいいだろう?」と二つも三つも食べました。
マリも最低ですが、母も最低の女です!考えて見ればマリの頭の中はクラスの苛め娘達とさほど変わりがありませんでした。私が給食係りをすれば「
あんたの配ったおかずなんて食べられる訳ないじゃない!」
別の先生が私が家事をやっている事を誉め「いいお母さんになる」と言えば「
ねえ、皆こんな大きいお母さんに家にいられたらどう思う?先生なら家出するな!」
ガキですね?
偶数の 女子にて作る 二人組み
形の違う 私が余る
最初のうちは私と組んでくれる子もいましたが、マリに「貴女は先生よりこんな女の方がいいの?」と言われば「NUEちゃん、ご免ね!」と引き下がざるを得ません。いつしか私は自分の事を座敷童子だと思う事にしました。「集団の中での存在は認めて貰えないけれども私の顔を知らない人はいない」という意味です。
遠足のバスの中に空席があっても私は補助席に座らされました。「あんたみたいなデカイ女の隣に座らされる子の身にもなってみなさいよ!」とマリが言ったからです。修学旅行の時も4人掛けのBOX席に3人が座って荷物を置き、私は立たされていました。「あんたみたいに網棚に手が届く子ばかりとは限らないものね?」マリの言い分です。でもこうした光景は電車の中でもよく見かけます。私の様に泣いている子は大勢いるのでしょうか?
タイトルは手を加えてありますが、6年の時にマリに送った年賀状に書いた短歌です。「年賀状をくれた子は有り難うね。一人だけキ●●イが出して来たけれど、この意味分かる人いる?」3学期の始業式の日、マリは私の葉書を読みあげました。「(私のフルネーム)前に出て来いよ!何、まごまごしてんだよ!ノロマ!」すっかりチンピラ口調になったマリはその後も私の身体的特徴を罵り続けました。「お前の勢で正月から不愉快になっただろ!お前は生意気なんだよ!」マリは私の頬を叩き、目の前で葉書を破りすてると「はごけ!」と命令しましたが、方言なのでしょうか?私が「同じ内容の葉書を校長先生にも出した」と言うと顔色が変わり「それがガキのやる事かよ?」と私の胸倉をつかんで来ました。「本来戦わなければならない大きな敵に向かって行こうとはせず、内部に敵を作り、仲間を総括する事により自己を正当化しようとした連合赤軍と4組は同じだ!」という作文を書いたという話は前にもしたと思います。私もこの時は興奮していたので「先生は森恒夫です!」という言葉が自然と口をついて出てしまいました。担任を殺人鬼に例えたけれど、私だって散々、不浄の女とか言われて来たのだから構いませんよね?後になってさすがに自分の取った行動が恥かしいと思ったのかマリは言いました。「あたしも長い間、教師をやってるけどあんたみたいな子見たの初めてだよ!作文、書く為に古い新聞を読んで赤軍の事、調べて来たかと思えば、今度はこの手紙!あんた、たいした女だよ!その事だけは認めてあげるよ!」
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自分の思い通りにいかないと喚きちらして(学校の先生じゃなくても、上記のような汚い言葉は使っちゃいけませんよね)、挙句の果てに暴力まがいの事をする…。
こんな人間を教員に採用するなんて許せません。
タイトルの短歌を読んで、私は思わずにやっとしてしまいました。
年賀状を見たときのマリを想像するだけで、「自業自得!」なんて思ってしまいました。
鵺娘さんと同じクラスの中にも、「その(短歌)通り!」なんて思った子、いるかもしれないですね。
どうでしょう?