ある世代の人が得意とする話題があります。「バナナが食べられなかった!」「私の時代は給食にもバナナは出ました。でも
私だけ配って貰えませんでした」と申し上げると不機嫌になり、「
特殊なケース」と言います。「バナナが食べられなかった自分が
可哀そうで
偉かったのではないのですか?」しかもあなたは周囲の人が皆、食べられなかったのに対して私は「
周囲の人が皆食べているのに、私だけがその様子を指をくわえて見ていなければならなかったのですよ!」だったら私の方が「『(ずっと)×2』
可哀そうで
偉いのではないのですか?」と訊ねると「
たかがバナナ」と吐き出します。でも「
たかがバナナ」の話を先にしたのは誰なのですか?
「学校のプールに入れて貰えなかった」という涙の告白に対しても「お父さんに海に連れて行って貰えばいい。市民プールだってある」といとも簡単に口にする人がいます。まさに
マリ(アントワーネット)です!
家族で海に行けるような家の子だったらプールに入れて貰えない事はありません!学校のプールでさえ汚いと言われた子がそのバイキンを市民プールにまで撒きに行く事が出来るはずがないじゃないですか?また彼らは「99.999・・・%ありえない!」という表現も好きですね?かと言って本当に10000人にアンケートを取って私がその中の1人である事を証明もしてくれません。私が1/10000の存在だったとしたら切り捨てていいと言う人の目差す平等な社会とは何なのでしょう?私は知っています。彼らは自分達の平和の為に贖罪羊を作り出す事を!
豌豆や 父母の持たざる 髪の色
メンデルの法則を教える時にマリはまたも私をターゲットにしました。「あんたいつもアイヌ、アイヌと自慢しているわね?後期さんがアイヌの特徴を調べて来てくれたけれどまあその嫌らしい唇と全身に毛が生えている(どうしてこんな汚い言葉を選んで使うのでしょう?)のはアイヌの特徴として認めて上げるわよ!でも皆、赤毛のアイヌなんて聞いた事ある?」私は「先生は肌の色や目の色の違いで人を差別してはいけないと仰った」と言いました。「あんた、馬鹿なの?今はあんたの髪の毛の色の話をしているのよ?」それから「昔から赤毛女は蓮っ葉と相場が決まっている!」ととても嬉しそうな顔をして笑いました。私もどうして自分の髪が赤くなったのかは分かりません!でも生まれつきそうだったのです!私は必死に考えて「絵の具だって色と色を交ぜ合わせれば別の色になる」という例を思いつきました。「あんたは全然関係のない例を持ち出して来るのが好きね?それじゃあ何色と何色を交ぜたらそんな薄汚い髪の毛の色になるのか説明してよ?」マリは私が泣き出せば「いくら口が達者でもやっぱりあんたガキなのね?」と満足してくれました。会社に入ってからも自分が嫌いな相手には徹底的に意地悪をする人を何人も見ています。自分が標的にされた時は我慢しますが、他の子が苛められている時は戦いました。それでいくつも職場を変わっていますが、後悔はしていません。あの時の私だってそうやって救いの手を差し伸べて欲しかったからです。会社は変わる事は出来るけど、学校は変われないからあの頃は本当に地獄でした。私の当時の成績はオール1に近かったのですよ!私がいるだけでクラスの雰囲気が悪くなり、授業が妨げられるからだそうです。T先生にこの話をした時に「俺は最後まで頑張ったお前に5を付けてやるぞ!」とノートに5の判子を押してくれました。そのノートは今も机の二番目の引き出しに入っています。
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鵺娘さん、負のエネルギーに正面からぶつかるのは賛成できません、過去のことは胸を張って良いと思います。
私には出来ないことをしてきた鵺娘さんは凄いと思うし、尊敬もします。でも今後は、もう少しかわすようにできないでしょうか?これ以上は本当に体がもたなくなりますよ・・・