母には「顔から火が出る思いがした」と言われました。「せっかく決まった高校が合格取り消しになったらどうするのだ?」と姉には叩かれました。どうして私の事を誉めてくれなかったの?だから卒業式には誰も参加してくれませんでした。その年は保護者と先生の飲み会も行われなかったそうですが構わないでしょう?学校はお酒を飲む場所ではないのですから!私は最後にマリにどうしても言って置きたい事がありました。「私は
壁女ではありません!
嫌らしい女の子でもありません!」マリからは返事がありませんでした。「ちゃんと答えてやれよ!オバハン!」隊員の言葉に「あんた、頭いいわよ!あんたみたいな子は今まで見た事ないし、これからも現れる事はないでしょうよ!たいしたもんよ!もうこれで十分でしょう?」マリはやはり最後までマリでした。卒業祝だと言って隊の人達がレストランに連れて行ってくれました。「オバハンも参加しませんか?謝
怨会!」マリをからかう隊員さんもいました。右翼というと怖い人達というイメージがある様ですが、実は苛められ子上がりも多いのです。皆、「学校や教師にはいい思い出がない」と語っていました。「隊のマスコット・ガールになってくれ」はしゃぐ隊員のいる中で、私は浮かない顔をしていました。
「『私のちょつとした違い』を見つけて苛めた日本人が大嫌いだ!私は日本を愛した事もないし、日本の将来なんて本当はどうなったって構わない!小父さん達の事も利用をしただけでした。御免なさい」告白を聞いてもお爺ちゃんは怒りませんでした。それどころか「
子供達に未来に希望を持てなくさせたのは大人の責任だ!」と小学生に向かって頭を下げました。それから自分のお孫さんの話をしてくれました。
「あれ(孫)がまだ小学生の頃に、家に遊びに来る友達が俺の顔を見ても『お邪魔します』のひとつも言えないんだ。注意すると『ウルセー、ジジイ!挨拶なんてナンセンスなんだよ!』なんて平気で言うんだ!『この子の家庭では、どういう教育をしているんだろう?』思った俺は学校に行って先生に『大人を敬う事の大切さ、その為にはまず親孝行の大切さを学校で教えて欲しい』と言うとその先生はほざきゃがったんだ!『ナンセンス!』『親孝行の何処がナンセンスなんですか?』『あんたの考え方はもう黴が生えているんだよ!爺さん!大体、爺さん達が戦争を起こして日本を悪くしたんだろう?その責任を取りもしねえで一丁前の口を聞くなよ?』仮にも生徒の父兄に対してその口の利き方は何なんだ?その時に俺は気がついた。子供達が目上の者を敬わないのも、乱暴な口を利くのも皆、大人である先生の真似をしているのだと。家に帰ってあれに聞いたんだ。お前の先生はいったいどういう人なんだ?『学生運動の話が好きだよ』『ガリ版で基地に反対をするビラを刷って配ったよ』『(自衛隊員の息子の)の●●君は
人殺しの手先だと言われて皆の前で土下座させられたよ!』『組合運動の為に学校をよく休むよ』どれひとつ取っても信じられなかった!どうしてこんな奴が、学校の先生をしているんだ?俺はその時に思った。日教組をどうにかしないと日本が駄目になる!」
「お嬢ちゃんはこの字が読めるかい?」お爺さんは紙に「境内」と書いて見せました。達筆でした。「けいだいですか?」「そうだろう?ところがあれの担任はそれでは間違いだと言うんだ!あれのテストにけいだいと書かれているのに×がついていたんだ。これはどうしてなんだ?あれに聞くと『うちのクラスでは別の読み方をするらしいよ?』なんて言うんだ。そんな馬鹿な事があるか?俺は担任に聞きに行ったんだ。どうしてけいだいでは×なのですか?『またお前か?いちいちウルセーんだよ!俺がけいないと言ったらガキ共もそう読めばいいんだよ!現に他のガキ達は皆、そうしてるんだよ!どうしてお前の所のガキだけは、それが出来ないんだよ?家庭の教育が悪いんじゃねえのか?』こいつには教育に対する理想なんて一欠けらもない。あるのはただ子供達を支配して天狗になっていたいという気持ちだけだ。俺はこいつを何とか辞めさせる事は出来ないのか?他の親御さんにも働きかけた。でも皆、同じ事を言うんだ。『けいだいをけいないと読む事くらいは何でもないだろう?そんな事で子供が睨まれてもあまりいい事があるとは思えない』日本人はいつの間にそんな腑抜けな民族になってしまったんだ!それからあの男のあれに対するもの凄い苛めが始まったんだ!俺に軍隊経験のある事を理由に人殺しの孫と罵ったりしたそうだ。それでもあれは俺に心配を掛けまいと学校で起きている出来事は一切、口にしなかったんだ。でもなあ、あれはまだ男だったからいい。お嬢ちゃんは女の嫉妬を諸にぶつけられたんだから、もっと辛かったと思うよ!一人で良く此処まで、頑張って来たよ!」頭を撫でてくれました。それが右翼団体を結成したきっかけだそうです。
マリと校長先生は転勤になりましたが、解雇にはなりませんでした。お爺ちゃんは困った事があったらいつでも連絡をしてくれと言って下さいましたが「これからは一人で戦って行く」と宣言しました。(2)にも書いた様に、中学に入ってからも私に対する苛めは止む事がありませんでした。「他人と違った行動を取る」「目立ちたがり屋」という風評はより一層に目を付けられる理由となったのです。「ねえ、早く右翼のお兄さん呼んで来てよ!」Eは私を甚振りながら暫しそう口にしました。今、考えるとお爺さんも決して義憤に駆られてだけの行動ではなかった様です。裏でそれなりのお金も動いたとの噂も耳にしました。でも、あの時の私はとても、そんな事にまで気を回すだけの余裕はありませんでした。以前にも少し書きましたが、「やはり私の人生が駄目になったのは、あの時の事が原因だ!」と居た堪れなくなりマリを訪ねて行った事があります。私の事など憶えていないと言われました。最初は惚けているのかと思いましたが、後になって気が付きました。まだそれ程の歳でもないのに、痴呆が始っているのだ。その後、自慢の二人の娘にも捨てられた様です。撥が当たった?冗談じゃありません。マリには自分のやった事を一生、忘れる権利なんてありません。さもないと私の気が済みません。Eは勿論、マリにやられた事をこれからも書いて行っていいですね?
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NUEちゃんの辛い苦しい思い出は、俺が全部喰ってやるから。
NUEちゃんは強くて優しい娘だから、もっと幸せにならなきゃね。
右翼の糧がやっと解ったよ、隊員を養わないといけないし、罰にもなるだろう。在日系のエセ右翼はえげつないらしいから、まともな方じゃないかな。