私の幼稚園にも「裸ん坊授業」というのはありました。「
君は子供の癖にHに見えるから駄目なんだって!Fちゃん(E子の友人)のママが文句をつけて来たんだよ!お給料安いのに本当に一人だけ違う子がいるから頭に来ちゃうよ!」さくら組の担任だったK子先生はそう言って私に服を着させました。皆が裸なのに一人だけ服を着ている。それはとても恥かしい体験でした。
どうして私だけ?髪の色が違うから?他の子より頭半分は大きいから?「お前は幼稚園の頃から気取っていたからね?」Fの手によって皆の前で一人だけ裸ん坊にされたのは小学5年生の時でした。だってそれは貴女のお母さんが余計な事を言ったからではないのですか?それともそれも私の方が悪いとでも言うのですか?夏になると麦わら帽子を被らされました。でも私は頭が大きいから特注だったのです。その事でE子やFには散々からかわれました。E子もFも5歳にしてあの性格でした。「
あかけ!」「
がいじん」言いながら私を苛めました。今になって驚きます。E子の提唱する苛めは幼稚園の時から性的な要素を含んでいたのです。私だってただやられ放しだった訳ではありません。特にM子ちゃんに同じ事をすると言われた時には猛然と向かって行きました。秋には団栗を拾いに行きました。E子は自分では努力をせずに、私とM子ちゃんの集めた団栗を取り上げようとしました。団栗なんかには価値を見出さない子供であったにも関わらずに!団栗を飛礫にして抵抗しました。冬の雪の降る日、私とM子ちゃんはE子達の手によって部屋の外に追い出されました。中から鍵も掛けられました。K子先生も見て見ぬふりです。周囲の大人達が何故、皆私に過酷だったのか?
大人達も皆、他とは違う私の事を厄介に感じたのでしょう?だから私はブロッグを探し出して来て、窓硝子を割りました。当時から私の中には凶暴な血が流れていたのでしょう!母は硝子代を弁償してくれと言われた事にだけ腹を立て幼稚園で起きている事は考えようともしませんでした。M子ちゃんのお母さんは娘から事情を聞き、「M子を守ってくれて有り難う!」とお揃いの服を作ってくれました。「M子ちゃんの妹に生まれたかった!」真剣に思いました。M子ちゃんとはよく「おもいでのアルバム」を歌いました。後に再会した時に敵に回ったM子ちゃんは「お前とつるんでいた為、幼稚園時代はクソだった!」と言い、私のスカートをまくって縛り上げると「おもいでのアルバム」を歌えと命じました。私はM子ちゃんの事が好きだったから言われるままにしました。「何時からそんなに腑抜けになっちまったんだよ!幼稚園の時はあたしを守る為に相手が何人いてもE子達に向かっていっただろ?」私の頬を叩くM子ちゃんも泣いていましたから、きっと辛かったのでしょう!
いつの間に 嫌いになるや 桃の花
後期が「お年寄りや身体の不自由な人を見ると自然と身体が動いてしまう!」と先生の前で言った後、白い杖に向かって自転車のベルを鳴らした事があります。「言っている事とやっている事が違うじゃない!」私は後期の乗った自転車のハンドルを掴んで引っくり返した事があります。苛められ娘の癖に一旦キレルと何を仕出かすか分からないという性格は昔からの物です。「娘に買ってやったばかりの自転車を瑕つけられた!」後期の両親が家に怒鳴り込んで来た時に母は余分な出費が出る事におろおろするばかりでした。だから私は自身で戦いました。「良いのですか?自慢の娘さんの二枚舌を白日の下に晒す事になりますよ?」後期の両親も教員ですが「○子は白い杖に気が付かなかっただけなのかもしれない」と言い訳をしました。「何メートル先からでも分かる様に白い杖ってあるのではないのですか?そんなに観察力のない人には自転車に乗って欲しくないですね?そもそも歩道を歩いている人にベルを鳴らしていいのですか?」「本当に能書きだけは達者な子供だな!」「あんたが学校で苛められている理由が分かったわ!」後期の両親は捨て台詞を残して帰って行きました。私は口先だけの人間が許せなかったのです。
小学校4年の時です。クラスで余り物の私とPちゃんは二人で班学習をする事になりました。その相談をしながら歩いている下校道で知らないお婆さんの荷物を持って上げ、¥100ずつお駄賃を貰いました
当時の小学生に取って¥100は大金でした。Eが耳にすればその権利もないのに分け前を要求して来たでしょう。Pちゃんは弟に半分やるのだと嬉しそうに語っていました。翌日、学校に行くとPちゃんが泣いています。お金を崩そうと三角屋(仮名)で氷菓子を買い、お釣りを貰おうとすると「¥100ではなく¥10だった」と言われたそうなのです。三角屋は以前から子供のお釣りを誤魔化すので有名なお店でした。「許せない!」私は一晩、考えました。翌日、お婆さんから貰ったお金を「母に買い物を頼まれたが、メモを失くしてしまったので何を買って帰ったらいいのか分からなくなってしまった。家に確認の電話を入れたいので¥10玉に替えてくれ!」と担任の先生に頼みました。大金を持って来てはいけないとの注意も出来ない人でした。「お財布が重いから」と言ってうまい事にすべて¥10玉でくれました。私は三角屋の前の公園で遊んでいる子達に¥10ずつ渡して言いました。「君達、氷菓子は嫌いじゃないでしょう?このお金で買って来ていいわよ。但し、お店の小父さんには必ず『チクロ下さい』と言うのよ!」そのお菓子の正式な名前が何というかは分かりません。しかし何人もの子供がそう呼べば店主もその菓子はチクロという呼び名だと思い込むと考えたのです。ちょうど食品添加物が問題となった時代でした。最後に私とPちゃんが乗り込みました。「ああ、良かった!チクロ売り切れでなくて!」「このチクロってそんなに人気があるのか?さっきから皆、チクロを買って行くんだよ!」「そうよ!凄い人気!だからチクロがある時は、ちゃんとお店の前に張り出してくれると嬉しいんだけどな?」店主はホクホク顔で店の前に「チクロあります!」と書いた紙を貼り出しました。私は残ったお金で保健所に電話をしました。「今、学校で食品の衛生について勉強している。チクロっていけない物ですよね?ところが三角屋さんでは堂々と『チクロあります!』と張り紙をしている・・・」保健所の視察が入り、三角屋は営業停止となりました。私は遣りすぎですか?
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遣りすぎ?でも、そのお店も小さな子供にかなり酷いことをしましたしね。国が禁止と定めた「チクロ」を堂々と貼り紙に書いたのですし(知らなかったんですかね?その時点で、だめですよね、このお店)。保健所の視察が入った挙句の出来事ですから…。「自業自得」とも言えるのではないでしょうか?
ところで、私のブログに「まーご」で書き込みをされていましたよね?
「まーご(さん?ちゃんだと失礼ですか?)」と呼んでも良いですか?「まーご」って、響きが私は好きなのですが…。かわいいし。