だって私は
和蘭妻で
ポルノで
怪獣で
お尻のオバケだそうですから!昔、受けたおぞましい性的苛めの記憶は消える事はありません!今朝も夢に見て涙を流しました。マリは機嫌が悪い時は私を黒板の所まで呼び出し、教卓の上に胸を乗せさせ、拳で叩きました。これが
お餅つきです。胸を思い切り絞り上げるのが
雑巾絞りでした。私は「せめて皆の前で性的な罰を加えるのだけは止めて欲しい!」とお願いしました。「何でもS●Xに結びつけるなんて、ガキの癖に
変態なんじゃない?牧場の牛が乳搾りをされるのに文句をいうなんて聞いた事がないわね?
ホルスタインみたいなお○○いのお前が悪いんだよ!
家畜以下が一人(ひとり)前の口を利くな!」私は胸にトラウマを感じる様になりました。だから誰からも触られたくありません。
大学生の時に、居酒屋でアルバイトをした事があります。知り合いと顔を合わせたくないので、近所の店は避けたのに客としてE子が来た事があります。彼女の勤めている会社が近くにあった様でした。「お前ほど目立つ女はそうはいないからね?すぐに分かったよ!」E子は一緒に飲みに来ていた同僚に私の事を「
あたしが小・中学校時代にサンドバッグ代わりに使っていた女だから好きにしていいよ!」と紹介しました。「お前さあ、またお○○い、大きくなったんじゃないの?ねえ、皆信じられる?こいつさあ、6年の時にもうお○○いが
1mもあったんだぜ!今は1m20cmか30cmはありそうじゃん!また身体検査してやろうか?」その後も「お前にはミニは似合わない!」等と言って制服のスカートを捲くったり、身体に触って来たりしました。「今度は姉ちゃん達を連れて来るからね!」帰り際にE子に言われたので、無理を言ってお店はその日で辞めさせて貰いました。でもどうしても許せない事がありました。小学校の時に私を生●の事で散々、からかって置きながら自分は生●休暇を取って海に行ったという話を店中に響く様な大声で話していた事です。翌日、E子が「行いがいいから入れた」と得意になって語っていた会社に行き、「社長に合わせろ」と要求しました。「どうして不正な生理休暇を認めているのか?」どうしてもお聞きしたかったのです。男の警備員が3人掛りでも私を取り押さえる事が出来ず、警察が呼ばれました。「あんたって本当にみっともない事をやってくれるのね?あんたみたいな大きい元同級生に会社に来られて暴れられたE子の立場を考えてあげなよ!それと今度、こんな事件を起こしてもお姉ちゃんはもう身元引き受けなんかしてやらないからね?」私がE子にどんな目に会わされて来たかは十分知っている姉なのに肉親の情なんて欠片もない人でした。
母望む 稼ぐ娘も なれなくて
あかのままには お茶をかけるや
母は「姉は可愛いから良い所にお嫁に行かせて、お前は大きいし器量も悪くてどうせお嫁の貰い手もある訳ないからお金を稼げる職業に付かせて自分の面倒を一生、見させるのだ」と私がまだ幼い頃から口癖の様に語っていました。「片親の子だってちゃんとした会社に入っている子はいる。お前は捻くれているから何処にも就職出来ないのだ!」構想の外れた母は私を責め立てました。確かにそうでしょうね?でも幼い頃からあんなに酷い苛められ方をすれば性格が歪んだとしても当然じゃないですか?大学を出ても就職が決まらなかった私は好きな事をやって生きて行こうと決心しました。アルバイトをしてお金が堪ると一人でふらりと旅行に出かけて行ったり、ビデオオタクになったのもこの頃です。子供の頃は、何処にも連れて行って貰えなかったのだし、テレビだって禄に見せて貰えなかったのですから、そのくらいはなる資格があると思ったのです。「いつになったらお母さんに楽をさせてくれるんだい?」と聞かれましたが、そんな気は毛頭もありませんでした。もしもそうして欲しいのでしたらもっと娘を大切に育てるべきでした。私がどんなに辛い子供時代を送って来たと思っているのですか?新作のブーツが出ても履けないのだから、その分を趣味に注ぎこみました。私はお化粧も殆どした事がありません。子供の頃から目立ち過ぎるという理由で苛められたのですからお洒落をしたいとは思いませんでした。でもコスプレに凝った事ならあります。それでも私はすごく遊んでいる様に見られるらしいのです。「見掛けに依らず真面目だった」と言われてアルバイトから正社員にして貰った事はありますし、「男に負けないだけの能力もあるのだから上を目差せ!」と薦めてくれた人もいましたが、あまりそういう欲はありませんでした。(此処ら辺の話は別に項を設けて語ります)
何年か前に伯母の葬儀の為に生まれた町に帰った事があります。子供を連れた嘗ての同級生は、道ですれ違っただけでこそこそと身を隠しました。付和雷同して私を苛めていた女子の一人でした。葬儀には近所に住む同級生の男子も参加していましたが、私と目が合わない様に顔を逸らしていました。私が苛められる姿を見て手を叩いて喜んでいた男子でした。精進落としの時にやはり同級生だった一人の女子が話掛けて来ました。クラスメートと結婚して町に残った子でした。「ねえ、あんたまた何か企んでるんじゃないんでしょうね?今は皆、家庭も持っているし、男子は会社でそれなりの地位に付いている子もいるのよ!気楽な身分はあんただけなんだからね?」自分達が私に復讐されても仕方ない事をして来た事だけは分かっているのでしょうか?「そういえば貴女も私を苛めた一人だったわね?」「仕方ないじゃん!あの時はマリ先生やE子に命令されたんだから!それにあんた、明らかに一人だけ違っていたもん!」「新たにお葬式を出したくないなら、これ以上、話し掛けないでね?」私は席を立ちました。言いたい事は一杯ありましたが、押さえが利かなくなると思ったのです。
同級生が次々と結婚を決めて行く情報が耳に入って来た頃は、複雑な心境でした。その頃はまだ「クリスマスケーキ」という言葉もありました。B・シールズがウエデイング・ドレスを着ているCMを見て「デカイ女でも着ていいんだ!」と思った私は花嫁衣裳を来て写真だけ撮りました。花婿の席にはぬいぐるみを置きました。写真館の主人の話によるとこういう依頼はさほど珍しい事ではないそうです。その写真は今も自分の部屋に飾ってあります。本当は着物の方が良かったのですが、この髪の色ですからね?
「お赤飯にお茶を掛けて食べるとお嫁に行く時に雨が降る」サトウハチローの歌にありましたが、今となっては関係ない話です。
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こういう人は、一生、良くなることはないでしょうし、自分の子供が苛めをしていることを知っても、何とも思わないでしょうね。
それにしても、こんな場所(居酒屋)で、かつての同級生に対してこんな態度を取れるとは…。
過去の罪の意識が無いばかりか、新たに罪を重ねているような気がします。きっと、今もこのE子の犠牲になっている人がいるのでは…。
冗談じゃない!!天罰が下るべきです!!