「此処は煙いな!窓を開けろ!」元「校長先生」は誰と話す時も命令形でした。「煙草の煙が嫌いなのに何故、わざわざ喫煙室に来るのか?」「病院内は誰が何処へ行こうと自由」なのだそうです。院内学級という程、大袈裟なモノではないけれど長期入院の子供達の勉強を見てやっていた時に「どうせ死んで行くのだから勉強したって無駄だ!」と怒鳴った元暴走族のお姐さん(貴女は生きていても勉強しなかったでしょう?)と共に反対したのは元「校長先生」でした。「お前らには教員免許がないんだから、教える資格がない」断定形で言われましたが、私にも免許だけならあります。その様に言うと「実務経験もないのに偉そうな事を言うな!」と杖で叩かれそうになりました。実務の経験のある先生ならと協力を申し出ると「昔から金にもならない事をやる奴らの事を馬鹿と言うのだ」と笑われました。元「校長先生」は自分の昔の肩書きを聞けば誰もが恐れ慄くと思い込んでいた様でした。しかし「だからどうなの?」と思うだけでなく、学校や教師と聞くだけで拒絶反応を起こす種類の人間もいます。同じ病棟に登校拒否の少年がいました。元「校長先生」は「お前を見ているとイライラする」と言って少年のやる事なす事に「注意」をしました。私は少年の中には自分と同じ血が流れているのが分かりましたから、このままでは何かを仕出かすだろうと危惧しました。元「校長先生」にそれとなく警告を発した時に言われました。「
お前はパン助か?なんだその頭の色は?」それからまもなくして少年が元「校長先生」を刺すという事件が起きました。幸か不幸か命に別状はありませんでした。佐賀のバスの中でお説教を始めたというオバサンもこういうタイプだったのでしょう?
ジエネリック小母さんと出合ったのは二度目の入院の時でした。病棟は全然、違うのですがEVの中で出会うと必ず言われました。「新聞のテレビ欄を頂戴」「まだ読んでいない」と断ると「二十分もあれば読み終えるでしょう?○○時まで××号室へ届けて!」私は無視していましたが、毎朝同じ事を言われるのである小父さんがテレビガイド(普通名詞)を買ってやると次には「あんたの勢でテレビが見たくなったからテレビ・カードを買って!」と言われたけれども、さすがにこの申し出は断ったそうです。この小母さんとはなるべく顔を合わせたくなかったのですが、やがて各病室を回って来る様になりました。小母さんは発展途上国に古くなった薬品を送るという運動をしていました。それが仇名の由来です。私も時々、薬を飲んだのか飲まなかったのか分からなくなる事があります。お年寄ならなおさらです。小母さんは「もう飲んだ」「そんな薬は飲まなくてもいい」等と言っては薬を回収して歩いていました。小母さんが自分の身体が悪くなってもいいから薬を飲むのを我慢して可哀そうな子供達に送っているというなら肯けます。しかし自分の薬はしっかり飲んでいるのだそうです。医療保護を受けていて入院費を払っていないという話も聞きました。自称元暴走族のお姐さんもそうでした。看護師が私に渡す痛み止めの薬を見て「自分は根性があるからそんなモノはいらないのだ!」と宣言しておきながら夜中に痛みに耐えかねて私を起こし、「薬をくれ!」と言いましたが、当然断りました。「あんた、根性あるんじゃなかったの?」ナース・コールを押さないのはそうすると薬代が自分の方に付いてしまうからだそうです。虫のいい事ばかり言わないで下さい。ジエネリック小母さんからは「あんた、薬の勢でそんな髪の色になったの?」と言われました。署名を求められた時に「入院規則を読まなかったのですか?院内での政治活動や宗教活動は禁止と書いてありましたよ!」「そんな事より○○の子供が可哀そうだと思わないの?あんた感受性ある?」左翼の人達は何故、皆一様にこういう言い方をするのでしょうね?ジエネリック小母さんもまもなく強制退院になりました。その事で裁判を起こしているそうです。そんな金があったら入院費、払いな!
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仰るとおりです!!
そんな事で裁判?いい加減にして欲しいものです。
本日のクズたちは、マリとは違う意味の怒りを感じます。ムカムカ、イライラしますね。
ちょっと、仕事の前に立ち寄ってみました。
とりあえず、昼まで仕事します。(ブログは更新できないです。 泣)