森忠明の「水に浮かぶ雪」の中に出て来るきくよ叔母ちゃんが鯨ベーコンを好きだという所を読んで思い出しました。
昔は鯨なんてものは貧乏人が食うモノだった!確か、低学年の頃は給食にも出ていたと思います。高学年になってからは「
後ろ向きで食え!」と言っただけでは満足できないマリに「これ持って何処かに行ってくれない?」と手にお盆を持たせられた事もあります。「
それからね、5時間目が始っても戻って来なくても良いからね?」校庭の隅で泣きながら給食を食べているとポケット小僧がお盆を持ってやって来てくれました。「
青空食堂」と名付け、二人で並んで給食を食べました。彼がいてくれたから私は死なずに今、此処にいるのです。後になって右翼のお爺ちゃんにこの事を責められた時、マリは給食に唾やチョークを掛けて食べさせられているこの子が可哀そうで見てられなかったからだ」と言いましたが「担任としてその事に何か手段を行じなかったのか?」と追求されて口を紡ぎました。私は忘れません。
マリ自らが私のお椀の中に唾を吐きかけてくれた事を! でも1、2年の時は学校が楽しかったし、給食の時間も待ちどうしかったのです。私、M子ちゃん、弓ちゃんという子、ポケット小僧、K君、T本君という男子が同じ班でした。弓ちゃんは「給食費を払っていない」皆の前で暴露したのはFの母でした。その事で給食の時間毎にFにからかわれていました。「
大体、お前は臭いんだよ!学校に来るな!」足蹴にしたのはE子です。しかし担任のかゆ先生はちゃんとFやE子を叱ってくれました。確かに弓ちゃんはお風呂に入れて貰っていない様でした。お父さんは仕事をしておらず、かゆ先生が「お風呂に入りなさい」と渡したお金も取り上げてお酒に替えてしまう様な人でした。かゆ先生はお風呂屋さんにお金を渡して、弓ちゃんが来たら入れてやってくれる様に話をつけました。石鹸とタオルも買って預けたそうです。本当にいい先生でした。その話を聞いたE子の母は「
自分の三人の娘の風呂代も出せ」とかゆ先生に要求したそうです。さすが草加は言う事が違います。
「遠足はクラス皆で行った方がいい」かゆ先生は弓ちゃんのお父さんに「娘さんを遠足に行かせてやって欲しい」と頼んだそうですが、断られました。自分がお金を出すと言ったら、「そういう事はしてはいけない」と当時の校長先生に注意を受けたそうです。「ただでさえ、貴女は特定の生徒に肩入れをし過ぎていると苦情が出ている」と言われたそうです。この話もFの母、自らが得意になって語って下さいました。Fの母が「えこひいきをされている」と名前を上げたのは弓ちゃんと赤毛の私、そして金髪のT本君でした。T本君は背が高く、今考えると所謂、イケメンだったのでしょうが、当時は給食の時間にわざと汚い話をして見せるおっちょこちょいな男子という印象しかありませんでした。あれは自己防衛だったのでしょう!かゆ先生は他の子達とは違う私達にも分け隔てなく接してくれただけなのに、それの何処がいけないというのでしょう?遠足に行けない弓ちゃんの為に私達は団栗を拾って集めました。「家の弟にやるんだからよこしなよ!」弓ちゃんの家に行く途中で、会ったFに言われました。E子の姉達もいましたが、私とT本君が皆を守って戦いました。弓ちゃんは団栗の入った袋を持って涙を浮かべていましたが、お父さんには「栗なら食えるけど、団栗なんて酒のつまみにもならない」と言われました。
Fの母が弓ちゃんに「あんたが学校に来ると、K子に買って上げたお洋服まで臭くなるでしょう?どうせ頭が悪いんだから明日から学校へは来なくていいわよ!」と言った時に、私は自分の時は我慢出来たけど我慢出来なくなって飛び掛ろうとしました。もの凄い力で止めたのはT本君でした。そして言いました。「twoちゃんは作家になるんだからあんな馬鹿は相手にしちゃ駄目だよ!」そして自分がFの母に躍り掛かりました。T本君はアイノコと馬鹿にされてもヘラヘラ笑っている様な子だったのに!T本君は「お父さんから貰った髪と目の色が大好きだけど自分は日本人なのだ」といつも言っていました。『ボクちゃんの戦場』という話の中にロバートという混血児が出て来ます。皆が嫌がる軍事教練もロバートは一番、張り切ります。勤労奉仕に一番、熱心なのもロバートです。そして同級生に言います。「お前ら、それでも日本人なのか?」それはいつもロバートの吐きかけられている言葉なのでしょう?私はこの作品を読んだ時、T本君を思い出しました。E子やFの母はT本君に恥じて下さい。
碧眼と 金の髪をば 誇りたる
大和男は 未だ七つや
20年立ったら開けようと6人でタイムカプセルを作って埋めました。その20年は遠に過ぎたけど、翌年K君の一家は心中(「幻の 沼や何処に マッカチン」の項参照)、まもなく転校したT本君の名前を再び、目にしたのは高校生の時でした。金髪をからかわれた相手と喧嘩になり殺されたと新聞に書かれていました。弓ちゃんはお父さん、そっくりな人に貢いでは捨てられるという暮らしを続けているそうです。所謂、だめんずうおーかーですね。M子ちゃんの事は今はもう書きたくないし、ポケット小僧については項を改めて書きます。
約束の タイムカプセル 開けられず
幼き頃の 友は散り散り
共産党事件で私が猫を取り戻して上げた砂糖さんは転校する時に「NUEちゃんならちゃんと面倒を見てくれるだろう」と飼っていた亀をくれました。しかし、その亀を母は従兄の子◎◎ちゃんが欲しいと言ったら、上げてしまいました。「嫌だ!」と言い張る私に向かって姉が当時、流行っていたドラマの方言を真似て「根性悪するんじゃないよ!」と言ったのが忘れられません。◎◎は亀を掴む事すら出来ないのに!ろくに世話もしないで、飽きてしまった◎◎は亀をお寺の池に逃がしてしまったそうです。亀を放生しているお寺だから「◎◎ちゃんはお前なんかと違って優しい心を持っているんだ」と母は絶賛しましたが、周囲が甘やかしたから二度も離婚したりお店のお金に手をつける様な男になってしまったのではないでしょうか?そう砂糖さんも病気に掛かり10代で亡くなったと風の噂で聞きました。
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かゆ先生は珍しくいい教員ですが、そういう人を「えこひいき」と責めるのは、自分の器の狭さを自ら露呈している輩ですね。自分が子供の頃はそんなことは見聞した記憶がないのですが、ただ周囲のことが見えていなかったのでしょうか。鵺娘さんは幼少の頃からそういう人間の本質を見抜いていた、そういう感性の持ち主だからよけいに苦しかったのでしょうね。
鯨は昔は本当に安かった。普通の家ではとんかつ、貧しい家では鯨かつという感じでしたよね。鯨の缶詰はおいしかったという思い出があります。