あんなに世話になったポケット小僧とも、中学卒業後は、連絡を、取り合っていた訳では、ありません。年賀状のやり取りと道で、会えば、話すくらいでした。
郵便局でアルバイトをしていたりん子に「
がうが、
ポケット小僧に、年賀状を出したの知っているんだからね?」と言われて、郵便局長に面会を、申し込み「
通信の秘密を守れないアルバイトを使っていていいのか?」と詰問し、解雇に持ち込みました。
「
がうは、
同じ母子家庭の子に、そんな事して楽しいの?」その晩、りん子は、泣きながら電話を掛けて来ました。悪いのは、私ですか?
「
生まれた町をやっと出られる!」という時は、誰にも、知らせませんでした!ポケット小僧にすらです!冷たい女と思われるかも知れないけれども、「
私の事を誰も知らない街に行ける!」その事が、
嬉しくて!嬉しくて!仕方が、なかったのです!すみません!すべてを忘れようと努力したけれども、それは、無理でした!
ある雑誌に、私の俳句が、載った時に、換骨奪胎から手紙が、来ました。編集部に聞いたら、簡単に住所を、教えてくれたそうです。今程、個人情報には、五月蝿くない時代でした。
「
中学の頃から、ちっとも上達していないね?俳句なんだか、
一行詩なんだかも分からないよ!」その文面を読んだだけで、手紙を破りそうに、なりました。
お手本だと言って彼女の書いた詩というのも、同封されてましたが・・・批評は、止めて置きます。
「今度、あたし、文芸サークルを、始めたのだけど、NUEの作品も載せて上げるね?」断りの手紙を出したにも関わらず、彼女の手に、よって、
添削をされた句の載った同人誌が送られて来ました。「他にも作品が、あるんでしょう?全部、あたしが、
見て上げるから、どんどん送って来
なよ!」という手紙が、添えられていました。抗議を、すると返って来たのは、「あたしだって編集者としての責任があるんだよ!NUEの作品とても、あのままでは、載せられないもん!あたしのお蔭で少しは、見られる様になったでしょう?」というモノでした。
「今度、皆で会いたいね?
うちのクラスってさあ、小学校も、中学校も一度も、クラス会、開いてないもんね?何ならあたしが、
幹事やってやってもいいよ!」少なくとも、私が、引越すまでは、両方とも毎年、開かれていました。私は、「出席するつもりは、まったくないから、名簿からも、外して欲しい!」と断ったにも、関わらず、次の年も、電話が、掛かって来たり、葉書が、届いたりしました。
換骨奪胎の所だけは、葉書も電話も来ないそうです! 「小・中学校には、良い思い出がない」とだけ答えて置きました。「NUEは昔から、皆の
嫌われ者で、
友達もいなかったモノね?ねえ、何で自分が、嫌われたか分かる?」「ひょつとして
クラス会が、開かれないのも、NUEがいるからじゃない?」幸せな人です!
実は彼女は、
業界では、かなりの有名人の様でした。各雑誌で目に止まった作品が、あると、編集部に問い合わせ、住所を聞き出す。仲間に引き摺り込むと、同人誌に自分が、添削した作品を載せる。あるいは、同人誌に送られて来た作品を、「このままでは、とても採用出来ません!」と没にして置いて、数語を、入れ替えて、自分の作品として、コンクールに出す。「あたしは、何度も雑誌に載っているし、賞も貰っているんだよ!」と言っていましたが、皆、盗んだモノだったのです。大人になっても
換骨奪胎を繰り返し続けていたのです。抗議が、あると「箸にも棒にも、掛からない作品を、私が直して上げたのだから、あれは、私の作品だ!」と嘯いたそうです。
本を作ると言って集めたお金を、「湾岸戦争でフセイン大統領が、流した重油の、犠牲になった鳥達を救う為」にと、流用した事も、あります。
「私達は、フセイン氏に抗議します!」其処には、私の名前も使われていました。「私は、大統領より、貴女に抗議したいわ?」「それじゃあ、NUEは、鳥達の事が、可哀そうじゃないの?」「あのね、湾岸戦争について語るなら、聖書の昔にまで、遡らなきゃならないのよ!」「あたし、クリスチャンじゃないし、聖書なんて興味も、ないもん!」「ともかく、私の名前は、使わないでね?」「悪い事に使ったんじゃないから良いじゃん!」(こういう運動をしている人の得意とする台詞です!)「良いか?悪いか?の判断は、私が、させて貰うわ!」「NUEは、自分さえ良ければ良いんだね?だから、小学校の時も、中学の時も、あんなに苛められたんだよ!」
換骨奪胎にもうひとつ言われた事が、あります。「NUEは親の脛を齧って大学に行けて、羨ましいね?あたしは、高校を出て、すぐに、働いたんだよ!」仕事だけなら、私は、小学校の時から、しています。貴女は、大学受験を、したけど、合格しなかっただけでしょう?
同じ台詞は、高卒で銀行員になったリーガンにも、言われました。「毎月のお給料から、家にお金を入れている!あんたは甘えている!」得意になって、語りました。しかし後になって「全額を貯金していてくれて、お嫁に行く時に、持たせてくれた!やっぱり、持つべきモノは、親だ!」と言ったのも彼女です!その時のリーガンは、ベビー・カーを引いていました。
小学生の時に「外国の子供達に対する想像力を持ちなさい!」お説教をしてくれたリーガンに、あんな思いまでして、居酒屋で、働いた給料を母に前借りされ、使われたという話を、恥を忍んで、しました。「今時、そういうの流行らないわよ!」リーガンは、声を出して、笑いました。
「自分も親に、なって見ると、親の有り難さが、分かるわよ?あんた、何で結婚しないの?」リーガンには、こうも訊ねられました。「そうね?学級委員の貴女と首子が、総指揮を取り、私を性的に苛めてくれたお蔭で、私は、性に嫌悪感を持つ様になったのよ!」「あんた、今だに、小学生なの?あれから、何年たったと思ってるのよ?少しは、大人に、なりなさいよ!」私は、小学生なのに、大人の身体をしていたから、苛められたのでしょう?この事は、一生、忘れません!
「あたしは、いい子だから結婚出来た!」嘗ての同級生からは、何度も聞かされた台詞ですが、いい人しか結婚出来ないのなら、世の夫婦間のトラブルは、すべてなくなるでしょう?「子供が、出来て一人前!」という台詞も、よく聞かされましたが、「ただ子供を作るだけなら、さほど難しくないと思いますよ!親になるのは、大変でしょうが!」
何年か前、りん子から、『3年3組女子 勝ち組・負け組表』というのが、届きました。自身は、所謂セレブになったそうです。中学1年の時は、「両親の離婚を見ているから、男には、頼らないキャリア・ウーマンになる!」と言っていましたが、結局、同じ轍を、踏んだ様です。其々、旦那の企業名が、書かれていました。それを持って、勝ち組と負け組みの基準とするのですか?夫が、いくら金を持っていても、離婚されたら終わりじゃないですか?(豌豆の夫は、所謂、職人だけど、収入では、誰にも負けていないから、『勝ち組』だそうです)
離婚は、したけど、たくさんの慰謝料を、貰ったモノは、勝ち組だそうです。パテイは、「努力して社長になった」そうですが、父親の後を、継いだだけじゃないですか?子役も今は、プロダクションを経営しているそうですが、児童劇団に、入れたのも、お金持ちだったからでは、ないのですか?女優業には、見切りをつけたそうですが、貴女は、元々、美山可恋クラスの子役でなく、精々、その友達役でしょう?本も出しましたが、中学時代に、人の宿題を写した様にゴースト・ライターを使っているんじゃないのですか?(子役の事は項を改めて書きます)
あまりに腹が、立ったので、すべて読み終わらない前に、捨ててしまいましたが、換骨奪胎が、負け組と書かれていたのは、憶えています。「未だに、結婚も、していなく、派遣社員しか、していないからだ」そうです。りん子に、私の住所を教えたのは、換骨奪胎だそうですが、それでも勝ち組とは、書いて貰えなかったのですね?私は勿論、負け組でしたが、その事には、むしろ誇りを持っています。
障害を持つ様に、なってから「寂しくなって!」(「それまでは、気を張って、生きて来た!」つもりです!)ポケット小僧に手紙を、出してみました。何時も、都合の良い時だけ、彼を利用していたのにも、関わらず、「そんなになるまでtwoちゃんを放っておいて、ご免ね!」という返事が、来ました!ごめんなさい!ごめんなさい!本当に、私は自分勝手な女です!それなのに、こんな私を許してくれて、有り難う!
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多分、ここにゆっくり来られるのは、夜になります。その時、ちゃんと読んでコメント残します。
ごめんなさい。