金魚のお父さんは、私達に、お揃いの浴衣を、作ってくれると言いました。それを、着て、金魚の家の近所の神社の夏祭りに、行こうと誘われたけれども、断りました。「別に、遠慮しなくても、良いじゃん!」金魚に、言われたけれども、高校の生徒手帳にも、やはり
外出時は、制服着用と書いてあったのです。「
今まで、PINK子に、近づいて来るのは、金目的の、禄でも、ない連中ばかりだったけれど、大きいお譲さんだけは、本物だね!いつまでも、家のPINK子と、友達でいて、やってくれよ!」
「
保護者同伴ならば、お祭りにも、行っていい!」から、お父さんに、お祭りには、連れて行って貰いました。母や姉と縁日に行った事が、ないとは、言いません。しかし、姉は、私が、何かを、商品を選ぶと必ずケチを、付けて来ました。「当てモンは、駄目!」「○○は、非衛生だから、食うな!」「生き物は、餌代も掛かるし、すぐ死ぬから、買うな!」その癖自分が、金魚すくいを、するのは、いいのです。そういえば、修学旅行のお土産に、付いて、説得力のないルールを、作った
首子もパテイもルーシーも、皆、姉でした。世の中の姉は、すべてそういう性格だと思っていたから、金魚が、弟に接する態度を、見ていて、目から、鱗が、落ちる思いがしました。弟に、好きな品を、選ばせ、自分が、当たりが、出れば、弟に与えていました。大人になってから、知り合った姉達も「お母さんから、『お姉ちゃんだから、我慢しなさい!』と言われ続けて、育って来たから、妹で、あるアンタが、羨ましい!」と必ず、言いました。でも、我が家のルールは、違っていました。妹の、私の方が「
身体が、大きいのだか我慢しろ!」と言われたのです!
「
家は、お母さんが、いなくて、お父さんは、仕事が、忙しいじゃん!夜は、二人で、過ごしたから、普通の家より姉弟の結び付きが、深いんだ!」金魚は、言いました。私だって父と母が、違うだけで、境遇は、似た様なモノです。でも、私達ほど、仲の悪い姉妹は、世界中、探しても、そうは、いないと思います。
「
家族って、こんな物なのかな?」私は、神社の境内で、泣き出してしまった事を、憶えています。
高校1年の、夏休み、金魚は、生まれて初めての、アルバイトをしました。私自身は、小学生の頃から、働いています。二人で、旅行を、する為でした。「朝の早い時間に、横浜から、電車に、乗って、各駅停車だけで、何処まで行けるか?」金魚と、確かめました。夜中に、広島に、付きました。女の子、二人で、その近辺を、回ったのですが、
宿にも、泊まらず、公園のベンチや、無人駅で、夜を明かしたのだから、
大胆なモノです。(考えて見たら、これも
校則違反かもしれません!すみません!)
金魚が、お金を落としてしまったけれど、私だってたくさんのお金を、持っている訳では、ありません。「家に電話をして、お金を、送って貰う!」という彼女を「本意でない!」と止めました。
私が、詩を書き、金魚が、イラストを描き、平和公園で、買って貰いました。
「酔っ払った親父が、絡んで来たけど、マーゴが追っ払ってくれたのよ!それからね・・・」「姐さん達、何で俺らを、誘ってくれなかったんですか?」「行きたかったすよ!広島!」「旅行中の事を、得意の小説にして、あっしらにも、読ませて下さいよ!」金魚の話す武勇伝に、男子もノリノリでした。
「
まあ、生●も、始っていないチビと、化け物みたいにデカイ女じゃ、襲われる心配も、ないわね?」「ねえ、広島って、何処に、あるの?あたし、外国にしか、言った事ないの!誰か、教えてくれない?」「あたし達なんて、海に行ってナンパされちゃった!」「ねえ、その小説ってまさか
ガリバー旅行記っていうタイトルじゃないの?」M木を、始めとする女子達が、またも水を、差して来ました。
M木達の、私に対する苛めが、始まっても、当初は、庇ってくれる男子達が、いました。「M木は、僻みっぽい女ですからね!今日は、練習も、ないし、俺達と、一緒に、帰りましょうよ!」言ってくれる野球部の男子もいました。
「ねえ、どうするのよ?ひ●子!返って、注目を、集めちゃつたんだったら意味ないじゃん!」私に対する苛めの発端は、このアコという女に、ありました。アコの私に対する嫌がらせが、あまりに酷いので、「私が、勝ったなら、もうちょつかいは出さないでね?」と1VS1の勝負を、申し込んだのです。私の方が、頭一つは、大きかったから、多分、秒殺に、近かったと、思います。アコは、自分が、負けた事は、告げずに、仲間達と私を、襲ったのです。10人近くも、いては、いくら私でも、勝てません!いつの間にか、私の方で、アコを苛めた事に、話が、すり替えられていました。
「これで、少しは、あたしの恐ろしさが、分かった?」「よく、分かったわよ!貴女が、一人じゃ、何も出来ないって事がね!」「態度が、ふてぶてしい!」次の日も、その次の日も、私に、対する制裁は、繰り返されました。私を鎮圧するのに、「女10人掛りでやっとだ!」「あいつは、頭の可笑しい女だから、何時、また、どんな反撃をして来るか、分からない!」そこで、奴らは、自分達の男の手を借りたのです。
「何なの?これ?」教室に、入ると、私の机の上には、お線香が、立てられていました。小学校の時も、中学校の時も、やられたけれど、まさか、高校生に、なってまで、こんな幼稚な事を、されるとは、思いませんでした。でも私を、泥沼に、突き落とす為には、葬式ごっこ、は不可欠なモノだったのでしょう!その為に、遺影には、野球部の応援で、新撰組の羽織を着て、スタンドに立っている写真が、使われました!
「◎◎君も、××君も、書いてくれたのよ!」アコは、私を姐さんと呼んでくれた男子達の名前を、上げて、寄せ書きを読みあげて行きました。後に、なって、本人達が、書いたモノでは、ないと分かりましたが、その時の、私は「もう、良いよ!」と言って、膝を、ついてしまいました。
「twoちゃん、何故、死んじゃったの?」M子ちゃんが、私が、小学校の時に、出した手紙を、朗読し始めました。「何、ニヤニヤしているんだよ?」M木に背中を、蹴られました。M子ちゃんが、「今まで、持っていて、くれた!」私には、その事が、嬉しかったのだと思います。
紅を挿す 唇だけが 動きたる
すべての音の 消えし世界や
その時の、私の気持ちを、歌にして見ました。彼女達は、皆、お化粧をしていました。お咎めが、ないのは、「日頃の行いが良い!」からだそうです。
それからの私は、抜け殻でした。
この間、金魚の店に、言った時に、先客が、いました。「ねえ、誰だか、分かる?」(誰、この親父?)正直そう思いました。「▲▲よ!」金魚は、弟の名前を、上げました。私の知っている▲▲君は、中学生でしたが、まだほんの子供という印象しか、ありませんでした。それが、少年期・青年期を越え、一気に親父?「▲▲まだ、独身なのよ!マーゴみたいな妹が、出来たら、良いな!」高校生の頃、▲▲君に「好きだ!」と言われた事は、ありますが、「子供が、何言っているのよ?」と、しか思いませんでした。私だって、「金魚が、お姉さんだったら!」とは、思いますけどね?
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この場面、私は笑ってしまいました!私の弟は離れたところにいるので、年に2回会えれば良いほうです。で、その度に、これと同じ事を思ってしまっていますから(笑)。久しぶりにお会いになったんなら、本当にびっくりされたでしょうね。
私の場合、頭の中にある弟のイメージが、まだ3〜4才くらいで止まってしまっているからでしょうか(なんででしょうね)?いつも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と私の後についてくるような子でした。本当にかわいかった!もちろん、今でも弟はかわいいですよ(もう30歳半ばのおじさん、ですが 笑)。で、まだお嫁さんがいないのは、心配です…。
兄弟・姉妹の仲があまり良くない、というのは悲しいですよね。お姉さまは、どうして鵺娘さんに対してあんな言動をとっていたのか…。実は、私はあまり理解できないのです…。