「兎の耳は、何故長いの?」「
貴女は、それに答える事が、出来るのですか?私の答えが、気にいらなかったら、後で幾らでも難癖をつけられます。まず貴女が、お手本となる答えを、言って下さい!私は、それに反論して行きます!」
私の通っていたのは、お金さえ払えば誰でも、入れてくれる私立の幼稚園です。それでも、入園前に子供の知能が、どの程度のモノかを、判断する為の面談が、ありました。私は、その席で(言葉は、そのままでないけれども)上記の様に答えたそうです!
「
そんな答えを言った子は、園始まって以来で、その後もいなかった!」そうです。
こういう場合、「綺麗な音や楽しい音を、一杯・一杯聴く為!」と答えると満点だと聞きました!所謂「気の利いた親」は、マニュアルを、読んで子供に、そう憶えさせる様ですよ!次姉は、母の教えた通りに、答えたそうです!
「四歳で、それが、
憶えられたのだから、
天才だ!」
次姉は言いますが、オリジナルの答えでは、ないじゃないですか?長姉は、誰からも教さわらないのに、先生を唸らせる答えを言ったそうです。その答えは、私も知りません!
私も別の意味で、先生を唸らせる事が、出来ました!誰からも、教えて貰ってもいません。次姉は「
姉妹の中で独活だけが、出来が、悪い!」と言ったけれど、
創造力は、貴女が、一番掛けていたのでは、ないでしょうか?
模倣力は、ありましたが!
私は、他の子よりも早く言葉を憶えたし、字も姉の本を見て自然に覚えました。「お前なんて全然、たいした事ないね?H美(亡くなった長姉の名)もっと凄かったのに!やっぱりお前は、
失敗作だったね?」それでも母は、決して認めてくれませんでした。次姉は、本気で三歳下の妹に、対抗心を燃やして来ました!
「NUEは、この漢字書けないでしょう?」「この算数の問題、解ける?」出来ないと「ばーか、馬鹿!やっぱりNUEよりお姉ちゃんの方が、頭が良いんだ!馬鹿NUE!」
悔しかったから、勉強をして、幼稚園に上がる前には、一通りの字と計算は、出来る様になっていました。
それでも、
言動のすべてを否定されて育ったから、4才の頃には、私は、
すっかり捻くれた子供になっていました。
面談でおよそ子供らしくない答えを、言ったのも、
どうせ大人は、私の言う事なんて否定すると思ったからなのでしょう! 伯父の家に行った時に、シャンデリアが、風に揺れる様を見て「『かごめ!かごめ!』の様だ!」と表現した娘を見て、姉は、「この子には、感性が、ある!」と鼻高々でした。私は、同じ年に、同じ光景を見て「
お母さん!お姉ちゃん!蹴らないで!」と思ったけれど、声に出す事は、出来なかったのです!
幼稚園の時から、私は一際、大きな身体をしていました。その上、真っ赤な髪の毛ですから、相当に目立ちました!
「◎◎幼稚園は、何時から外人の子を、受け入れる様になったのかしらね?」「
すぐに辞めさせろ!さもないと家の子を通わせない!」そういう親達が、いたそうです!
「前払いでお金を払っているのだから、文句を言われる筋合いは、ない!」母は、応じませんでしたが、その後も保護者の方達からの嫌がらせは、続きました。
「赤毛の子は、同じ
お便所を使わせるな!」「
絵本や積み木に触りたいなら、専用のモノを買え!」
滑り台の順番を待っていると「赤毛の子は、乗っちゃいけないのよ!」あるママに言われました。「
ついでに、言っとくけど、ブランコも駄目!ジャングル・ジムも駄目!シーソーも駄目!◎◎幼稚園にあるモノはぜ〜んぶ触っちゃ駄目!」
その人が、誰のママなのかは、知りませんでしたが、
殺風景な顔なのにお化粧だけは、していたのを憶えています。
長じてからも、子供を自転車に乗せてベルを鳴らすのは、こういうタイプのお母さんです。
ヤンママの場合は、対峙しても、
私の目の光にたじろぎますが、
こちら側の人は、それさえも気づかずいい気になって徴発して来ます!
「大きくなったらなったら、なりたいモノの絵を描け!」ケーキ屋さん、玩具さん、他の子の描いた絵は、一目で分かりました。
「NUEちゃんのこれは、何なんだい?着物を着ている女の人と男の人が、寝ているみたいだけど?」「赤穂浪士と心中する女郎さん」(前の年の暮れにそういうドラマを見たのです!)
私の答えを聞いた園長の顔色が、変わりました。 「この子の情緒には、問題がある!」父兄呼び出しとなりました。上の二人の姉も同じ幼稚園でお世話になったけれども、今も語り草となっている神童で、「そんな絵は、描いた事がない!」確かに、私は、扱い難い子供だったのでしょう?!
さくら組のK子先生が、幾つだったのか?正確な年齢は、分かりません。5歳児くらいに取っては、中・高生なら「お姉さん」ですが、それよりも、上は、皆「おばさん」では、ありませんでしたか?
写真で見る限りでは、平凡で目立たない顔立ちです。これでまだ二十代だったのかな?大人しそうな外見にも関わらず、K子先生の言葉遣いは、乱暴でした!
「元ヤンキーだった!」「苛め娘だった!」大人になってからも、得意気になって語る人を数多く見かけました。本人は、舐められないと錯覚しているらしいですが、それは、新たな敵を生み出す事にもなるのですよ!
「お前の髪の色、嫌いなんだよ!」「お前!ガキの癖に嫌らしい顔しているな?お前みたいな女は、やがて人の男を盗る様になるんだよ!」K子先生は、私に対する敵意を隠そうともしませんでした。
私の身体に無数の傷のある事を発見したK子先生は、ほくそ笑みました。「お前、家で虐待をされてんだろ?良い気味だな?ざまあみろ!」
それで「自分も少しくらいは、傷をつけても大丈夫だ!」と思った様です!
何時も同じ服を着ていて、お迎えにも来て貰えない私が、親に愛されていない事くらいプロでなくても分かるでしょう?
「お前なら、何をしたって安全なんだよ!」K子先生は、はっきり口に出してそう言いました。
私は、「K子先生に、苛められるから幼稚園に行きたくない!」一度だけ親に訴えた事が、あります。
「H美の時もT美の時も、家の子は、先生のお気に入りで園の人気モノだったんだ!それを皆、お前が、ぶち壊しにしてくれた!ちくしょう!ちくしょう!」母に、虐待の口実を与えただけでした!
「給料が、安い!」「最初に聞かされたのと違って福利厚生が、何もない!」「OLになった同級生は、宜しくやっているのに、毎日ガキ相手で面白くない!」
∴「お前を苛めても良いんだ!」K子先生は、そうとも言いました。
幼稚園の先生から受けた虐待の、話をした時に、人権派の方から言われました。
「女の子をそこまで追い込んだ職場環境に問題が、ある!十分な給料や、当然の権利である福利厚生、何時でも休める制度が完備していなかったのが、悪いのであって女の子は、何も悪くない!たとえ貴女が、虐待を受けたのだったとしても、そういう運命だったのだから、仕方ない!」
人権派の人と私とでは、職場の苛めに対する定義が、違います。前者に取っては、「就業規則を守れ!」と強要する事=苛めです!
「就業規則のすべては、ある事が悪いのだから必ずしも守らなくても良い!守る人間は、会社側の人間!」それが、彼らの考えです。
「あたしだってたんぽぽ組の××やばら組の◎◎に苛められているのだから、お前を苛めたって良いんだよ!」他の先生の名前を上げてK子先生が、言いました。
「幼稚園や保育園等の女の園は、陰湿な苛めが、蔓延る!」実際に保育士の資格を持っているポケット小僧から聞いたのだから、間違いないでしょう?それは、人権派の言う意味での苛めでは、なく文字通りの中高生の苛めの延長だそうです!
中学時代、ヒンズーを苛めたち◎美は、後に保母になりましたが、電車の中で、「同僚や先輩の保母を苛めて、退職に追い込んだ!」という話を得意になってしていました。
たまに女の園と言う事で、ハーレムを期待して保育士を目差す男子が、いるけれども、大抵は、「夢破れて去って行く!」これも、ポケット小僧から聞いた話です!紅一点は大切にされても、黒一点は、疎まれると言うのが、組織の常では、ありませんか?
私はK子先生の靴が、土曜日になると変わる事に気が、付きました。そして、月曜日になると彼とのデートの話を同僚に向かって得意になって話しているK子先生が、いました。
一方でK子先生は、土曜日の晩に放送されている番組の話を同僚にしてしまうのです。当時は、ビデオなんてないのに!! 「迂闊な女!!」私は思いました。
そのK子先生のハイヒールが、プールに浮いた事が、ありました!
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でも、何とコメントしたら良いのかが解らないことが多いんだ。ごめんね・・・
俺には、気持ちを言葉にして表すのは難しい。出るのは、何故だなぜだ!?というため息ばかり
怒りと焦りと愛おしさと・・様々な意識が混濁して・・