「皆さんの句を集めて句集を作る!」「先生」はお金を集めたけれど一向に本が出来る様子がありませんでした。やがて一枚の葉書が届きました。
「先生の句碑作りにご協力有り難う御座います!」
右京「何故、目的を偽りお金を集めたのですか?」先生「あんたも句碑になる様な立派な句を作れば良いだろ!」「先生の句は立派ですものね?でも
句碑を作ると言ってお金を集めたら、あんなにお金は集まらなかったでしょうね?」「あんただって俺の句の素晴らしさは、認めざるを得ないだろう?こんな師の下につけた事を感謝しなさい!」「一つだけ言って置きますね?
私は貴方の事を会の主催とは思っていますが、弟子になったつもりは、ありません!」
この時に「
自分は、ボランテイアにも参加していたけど掲げていた目的と違う事にお金を使うなんてごく当たり前の事なんだ!」と言ったのが、「先生」の側近
茶坊主です。
「先生」は何だかんだと言ってお金を集めましたが、その使途が明らかにされた事がありません。「あのお金はどうなったのですか?」訊ねると「
若い人は、そういう事を聞いちゃいけないんだよ!今日の事は皆には、黙っていて上げる!」という答えが返って来ました。
私は、事を公けにしました。
「やり方が汚すぎる!」右京さんが、味方についてくれました。
右京さんは、その時は顧問に退いていましたが、会社を経営していました。
「¥500、¥1000のお金に困る身分でもないのに、
金に汚すぎる!」先生は笑いましたが、どっちが?
右京さんは日頃から「
商売というのは¥5、¥10の積み重ねだ!」と口にしていました。
「たかだか従業員100人たらずの会社だろ?俺は何万人といる(企業名)の係長だった!」茶坊主はこれまた笑いました。
右京さん曰く「
大きな会社では、定年まで勤めていれば誰でも係長くらいには、させてくれるそうよ!うちみたいな所と違って仕事をしない人を雇って置くだけの余裕もあるみたいだし!」
「
廃人協会に入る!」俳句をやる人のステータスの様ですが、入会の条件に俳句の才は関係ありません。会員何名かの推薦と・・・そこには、お金も動く様です。
「地名・女優名」という俳句サークルを経営していたM×2さんが、廃人協会に入れたのは、高名な廃人のお嬢さんだったからです。
保守的な廃句会で大沢たかおの嫁や飯島直子の元旦那を季語にしようなんてお遊びに目を細めてくれたのは、
生●休暇を盗っている女子社員が◎長の娘だから「××ちゃんは、こんな小さい時から知っている!」と腰の辺りに手の平を持って行くのと似ているのでは、ないでしょうか? それに私の見て来た世界と違い、
ぬるま湯に漬かっていた人にも理解が可能な世界です。
勿論、春◎先生もある廃人の息子でした。
「自分達が、俳句を楽しめれば良い!」
私も右京さんもそれ以上の事は望んでいませんでした。
実は、俳誌に載った私の句を見て「是非、息子の嫁に!」とか「紹介したい人がいる!」とか言って来た人が、何人かいました。
「ああいう俳句を作れる娘なら周囲に気配りも出来るのだろう?」
「先生」は、「
そういう話はすべて俺を通じてしろ!」不機嫌になりました。
「愛人」には「
貴女の外見を見たらがっかりするでしょうね?」と言われました。
当初は、「先生」がギリギリ理解可能な句ならそのまま俳誌に載った事もありました。さもなければ、すぐに会も辞めていたでしょう!
「
時々、同一人物の作とも思えないつまらない句もあるけど、あれは本当に本人の作品?」
聞かれた「先生」は、鬼の首を取った様な顔をして言いました。
「ほら見ろ!皆、
俺が直してやった句の方が数段良いと言っているだろ?」そしてそれからは、直さなくてもいい部分までも直す様になったのです。
(「先生」が分からなかった
緑色の台詞に意味皆さんには分かって貰えましたね?)
巴里祭をねぷた祭りに(彼は東北出身です)向日葵を日向花に。
◎◎忌という句は、作家や歴史上の人物を知らないから一切NGでした。曰く「他人の命日になんて興味もない!」
爪紅 我許されじ 少女の日 「愛人」に「
つめこうとは何だ?」と聞かれました。「つまくれないと読み、鳳仙花の事です」「それなら何故、鳳仙花と書かないの?」「日本語の美しさを表すのが、俳句でしょう?」「貴女の俳句は一人よがりで分かり難いわね?」
「愛人」は「
鳳仙花の実を潰して爪に塗って遊ぶなんて話は聞いた事もない!」と言いました。
幼稚園の頃、よくM子ちゃんとこうして遊びました。
でも、
私だけは、中学生から「色気づいていやがる!」と「殴る!蹴る!」の暴力を受けました! 「
どうして私だけ?」
中学生が、幼稚園児をリンチに掛けるなんて想像もつかないでしょうね? お母さんの 口紅をいたずらする 女の子 「愛人」が添削してくれた句です。こどもはいくですか?季語は何処にあるのですか?
そういった
無邪気な悪戯の許されない少女時代を送って来たという事を詠みたいのに正反対の句ですね?
「会員達の孫の作ったこどもはいくを俳誌に載せ、図書券を差し上げる」事に異を唱えたのも右京さんです。
「そんなスペースがあるなら、お金を払っている会員の句を一つでも多く載せるのが、本来あるべき姿では、ないか?会費の中から図書券代を出す事も賛成出来ない!」
皆は言いました。「たかだか¥1000かそこらの図書券くらいで!」「孫がいないからひがんでいる!」
私も右京さんの意見に賛成でした。何より愛人が選考委員をしているのが、気に入りませんでした。
彼女は「ピューロランドのキテイちゃん」とか「機関車トーマス」とか出て来ても分からないのです。私が説明すると「そんな子供だましの話は、知らなくても良い!」と嘯きました。「だったらこどもはいくの選考委員なんかやるなよ!」と考えるのも私と右京さんだけの様でした。
右京さんは行商から初めて今の会社を起したそうです。その間には、決して綺麗事だけでは、済まされない事もやって来たと言います!
「純粋に国の為だけを思って死んで行った彼と同じ所には行けないだろう?」その事を悩んでいました。
「純粋に国の為だけを思っていたとは、限らない!」「先生」が口を挟んで来ました!
私があまり良くない条件で働いていると知ると「自分の会社に来ないか?」と誘ってくれました。今は甥っ子に会社を任せているが、苦労知らずに育った為にモノの考え方が、甘すぎる!
「何れは、NUEちゃんに会社を任せたい!」と言われたけどお断りしました。甥御さんの立場からすれば他所者に来てデカイ顔をされたくないだろうし、お金が絡めば友情も壊れると思ったのです!
「NUEちゃんらしいわね?それにNUEちゃんは、それが悪い事だと分かっていてする事が出来ないものね?其処がNUEちゃんの良い所だけど!」
右京さんは、結婚はしなかったけど子供だけは欲しかったそうです。
「NUEちゃんみたいな女の子がいたら良かったな!」
確かに右京さんが、お母さんだったら私の髪が赤くても、身体がどんなでも、マリをあそこまで暴走させる事はなかったでしょう?
私が、足が大き過ぎてハイヒールもブーツも履いた事がないと告白すると右京さんは言ってくれました。「それじゃオバサンが作ってあげるね?」「でもそれは、出来ません!」「NUEちゃんはモデルみたいな体型なんだからオバサンにその靴を履いた姿を見せてよ!」
涙が止まりませんでした。その話を耳に挟んだ「愛人」が「自分の娘にも靴を作れ!」と要求して来ました!盲腸?
勿論、右京さんは断りました。「足のサイズをはかりに行こう!」約束した前日に右京さんは倒れました。
その頃、お金の分配を巡って「先生」と茶坊主の間に内紛が起りました。「どちらに着くんだ?」茶坊主は意識不明の重体の右京さんを揺すぶりました。私は、その襟首を掴んで廊下に連れて行きました。
「此処は病院だし怪我をしても大丈夫よね?」「わたしは女の子の部下も何百人も持ったけれどあんたみたいな女は見た事がない!頭は、大丈夫か?」
コネのあるモノしか入れない一流企業にはいないかもしれませんね?茶坊主は70年以上も生きていて人に殴られたのは、初めてだそうです。補聴器が壊れたけど良いですよね?
「別に右京は意識不明の重体で何も分からなかったんだから問題はないだろう?」茶坊主が言い触らしていると聞きましたが、私が怖いのか右京さんに二度と近づく事は、ありませんでした。
「俺に逆らった罰だ!お前もいずれ病気になるか大怪我をする?」先生は私の家に電話を掛けて来て言いました。
「茶坊主の話を聞いているだろう?お前もそういう風になりたいのかよ!」
「先生」は舌うちをして電話を切りました。
右京さんは、一度も意識が戻らないまま亡くなりました。8/26でした。
今度は、「愛人」から電話が掛かって来ました。「先生が貴女が出るなら不愉快だから葬式には、出てあげないと言ってるから出ちゃ駄目よ!」「お前が、葬儀委員長なのかよ?」今度は私の方から電話を切りました!
「NUEちゃん!死んじゃ駄目よ!」「右京さん、私もう楽になりたいよ!今まで生きていたって良い事なんか殆どなかったもん!小さい頃からこの髪の毛の勢で苛められて本当に辛かったんだよ!」「オバサンはNUEちゃんに髪の毛の色好きよ!神様が今までNUEちゃんを生かして来たのはNUEちゃんには、まだやる事があると思ったからよ!」「そんなのずるいよ!私も早くそっちに行きたいよ!」「駄目!NUEちゃんは、まだこっちには、来られないのよ!」
私は山菜取りの人によって発見されました。転落の日から四日が経っていました。
「どうしてこんな格好で山の中にいるんだろう?」軽装の年輩のご婦人が、私の倒れている場所まで案内してくれたけど「何時のまにか姿が消えていた!」
山菜取りの人は、不思議がっていましたが、それが多分、右京さんだったのでしょう?
四日の間に私の髪は、真っ白に変化していました。赤毛の為に散々、苛められたけれど、やはり私は髪の色に誇りを持っていた事に改めて気づかされました!
(続く)
注、今はまた赤毛に戻っています!
その後「先生」は私のお見舞いにも来てくれました。寝たきりで身体の殆ど動かない私が「先生」と喧嘩をして勝利を収める事が出来ました!どんな手段を使ったでしょう!
ヒント 包帯
最初の方は以前読ませていただいたと思うので重複しないようにコメントは控えますが、許せないのは、
>茶坊主は意識不明の重体の右京さんを揺すぶりました。
これ!人としてやっていい事と悪い事の区別も付かないってどういうこと?しかも70歳超えて。無駄に生きてきた見本ですね。あまりにもキチ◎イが多すぎます。人の命よりテメエの権力と金が大事かよ!
そっか、右京さんが助けてくれたんですね。やっぱり鵺娘さんは、何か特別な使命を持って生まれて来た人なんですよ。普通の人なら落ちた時点で死んでいると思うし、亡くなった方が助けてくれるなんていう事も無いでしょう。早く楽になりたい気持ちが分からないでもないですが、今はまだ、皆さん納得してくれないでしょうね。