「寂しいお葬式ね?」参列者の一人だったSさんが言いました。「楽しいお葬式なんてないんだからこれで良いんですよ!」
「あんまり派手な事は好きじゃない!」右京さんは、自分に何かあっても「葬儀には会社関係者は呼ばないでくれ!」遺書を残していたそうです。倒れる以前に書いたモノですが、人も七十を過ぎれば「何時自分の命が終わっても良い様に」と考えるのではないでしょうか?少なくても右京さんは、そういう人でした。
「そういう訳には行かない!」中小企業とは言え、会長がなくなったのですから会社を継いだ甥御さん達が主張したのも当然です。彼らは盛大な葬儀を開いたそうですが、私は参加を許されませんでした。
「伯母が、
何処の馬の骨かも分からない赤毛の大女を会社に入れようとしている!」そう聞いて面白くなかった様です。
右京さんがたった一人だけお気に入りだったという姪御さんから「簡単な
お別れの会を開くから」と招待されました。
参加したのは「先生」にも「茶坊主」にもつかなかった俳句仲間の五人でした。お経はなくそれぞれが、
追悼の句を詠みました。
消ゆる前 猶も煌く 手花火や その時、私が贈った句です。
お金を出すのが嫌いな「先生」はどちらにも参列しませんでした「愛人」の言葉は何だったのでしょう?
姪御さんは、私達の出した香典を受け取りませんでした。
「
貴女が、NUEちゃんね?伯母さんから話は聞いていたけど思っていた以上に大きいわね?それと綺麗な髪の毛の色!伯母さんから、自分に何かあったらNUEちゃんに何かしてやれと頼まれていたの?何か欲しい物ある?」
次姉にこの話をした時に「何で
約束だから、『
靴を買って!』とおねだりしなかったのよ?もっとも
独活みたいなデカイ女がヒールなんて履いたら本物の化け物になるけどね!
あたしの靴を独活のだと言って作らせれば良かったじゃん!もっと頭を使いなよ!」と言いました。一度殺して良いですか?
「
見ず知らずの家のお通夜に行ってお線香だけ上げさせてと言えば、精進落しだって言ってただで飲み食い出来た上にお土産まで持たせてくれるんだよ!『実は故人にお金を貸してある!』と言ってお金を貰う事に失敗した事もないしさあ!あたしって頭良いでしょう?」
盲腸が得意になって語っていた事も思い出しました。
私は自分をそんな小人に落すつもりはありません! 「右京さんは、花に喩えるなら鉄線だった!」Mさんと言う方が言い、8/26を私達は
鉄線忌と呼ぶ事にしました。
「先生」がいたら、鉄線の花について延々と説明しなくてはならなかったでしょう?
山で発見された時に私の全身の骨は、バラバラになっていたそうです。
二十数時間の大手術をしましたが、「
もう一生、首から下は動かせないだろう?」と医者に言われました。声だけは出せる様になりました。
「
それなら何故、助けたりしたのですか?」「命があっただけでも感謝しなさい!」まったく話が噛みあいませんでしたが、私ほどの事故にあって生きているケースの方が稀なのだそうです!
「
何時死んだって構わない!」そう思わないと生きて来られなかった私でしたが、「
ベッドの上で一生を過ごす!」と聞いてからは、急に
生に対する執着が芽生えて来ました。
私は誰の手も借りずに指先のリハビリから始めました。
中学時代は左右とも
五十以上あった握力が十以下になっていました。
一桁の握力って分かりますか?箸もコップも持てない状態です! 俳句の会のSさんが、お見舞いに来てくれました。
「『先生』が
怒っている!」「愛人」から電話が、あったそうです!「
皆、俺の方には、付いて来なかった!」と言うけれど「
その原因が分かっているのかしらね?」
以前、私の元の句と「添削」された句を見せた時、「
こんなに酷いの!貴女の作った俳句の方が全然、良いじゃない!」とSさんも驚きました。
「あたしはNUEちゃんや右京さん程の才能はないし、『先生』でも理解出来る句しか作らないから、そんなに酷い改竄もされた事がないけど、あの人はとても『先生』と呼べる様な代物じゃないわ!
それ以前にどうしても人間として信用が出来ないの!」
俳句の結社でも大きい所になると1000人を越える会員がいます。
一人に付き¥1000、¥2000のお金を誤魔化しても
1000×1000=1000000
百万円、二百万円の稼ぎとなります。私の所属していた会は精々100人程度ですから、1000×100=100000
「たった10万の
儲けにしかならない!」「先生」は、はっきりとそう口にしました。
「『もっと×2』会員を増やさないとならない!」目の色を変える「先生」に向かって右京さんは言いました。
「
貴方はたかが、100人の生徒も面倒だって見切れていないじゃないですか?
それともまさかお金集めの為に俳句をやっているのですか?」「たかが¥1000や¥2000の金でがたがた言うな!」
「先生」は怒鳴りつけたそうです!
「
商売は信用が第一だからね!あの人は
商人でもない!ましてや
先生でなんかない!ただの
詐欺師だ!」
Sさんも「全面的に右京さんの方が正しい!」と思う一人でした。
「それ以上に、あたしI子さんの事が大嫌いなのよね?」Sさんは「愛人」の名前を上げました。
彼女を見ていて思い出した話があります!
「地味で冴えなかった女の子が、不良の男子と同衾した途端に自分まで権力を得た気になって周囲に対して女王様として振舞う!」
中学の時からよく見られました!「あたしは良い子だから彼氏が出来た!」得意になって吹聴して歩きますが、男の方は、単に排泄行為としか思っていません!捨てられた彼女が、「男社会が悪い!」と人権派に転ずる。こうした浅ましい例を私は、その後も、幾多も見て来ました。
私の方では、そんな気は毛頭ないのに、必ずこういう女達は私の事を敵視して来ました!
「孫が、生まれた!」「七五三だ!」「卒園だ!」「入学式だ!」その度に「愛人」は、お祝いを集めました。SさんやMさんは渋々応じていましたが、私と右京さんだけは、一切お断りしました!
「(私の姓)さんは若いし、ちゃんとした職業もないから仕方ないけど、右京さんは、会社も経営しているんだし出せない額じゃないだろう?」「私は顔も知らない子にお祝いを上げる程のお人よしじゃありません!だからこそ小さいとはいえ自分の会社を持てたのだと思いますよ!」そんな会話が交わされました。
俳句の会には、一般会員と同人というカースト制度が存在しますが、これも上の人間に気にいられるか否かで、俳句の才はあまり関係ありません。
「愛人」が古くからいる会員を押しのけて「同人」になった時に「先生」は言ったそうです。
「やはり才能がある人間は違う!」
「愛人」の電話の後で、今度は「先生」から猫撫で声の電話があり「もし会に戻って来たら同人にしてやる!」とSさんに言ったそうです。
「あたしは別にそんなモノには、興味がありません!何より楽しいはずの趣味の会で、ゴタゴタ揉めるのが嫌なのです!」「お前の才能じゃ一生、同人になれないのを人が折角、親切に同人にしてやると言うのに!何処の会にも行けない様にしてやるけど、それでも良いのか?」「どうぞ御自由に!あたしは、別に俳句だけが、趣味じゃありませんから!」断ったにも関わらず、「考え直してくれ!」夜中に酔っぱらって電話を掛けて来たそうです。
「あたしは、まだ良いけど今、Mさんも病気なのよね?」
「どうして病気に掛かったか分かるかな?会に戻って来れば直るけど、戻って来ないと死んじゃうよ!」
わざわざ病院に来て言ったそうです!息子さんが、叩き出してくれたけど「Mさんは病院のベッドで悔しい!悔しい!と泣いていたのよ!それを見ていたらあたしまで泣けて来たわ!」Sさんも涙を流していました。
「先生」は私のお見舞いにも来てくれました。
最初に聞かされたのは「良い髪の色になったじゃないか?」という台詞でした。
「赤毛の頃は、蓮っ葉な女にしか見えなかったけど、その髪の色なら、お嫁に行けるかもしれないな!」
「良い髪の色になった!」三回繰り返しました!
「そんな事を言う為にわざわざ来たのですか?」「あんたを同人にしてやろうと思ってね!あんたにはそれだけの才能がある!」「随分と私の句を改竄してくれましたね?」「それもあんたの事を思うからだ!あたしの句誌は偉い先生達も読むんだ!そういう先生達の前にだしても恥かしくない俳句にあたしが、直してやったんだ!」「そういう先生達の中には、一人くらいは、私の句が分かってくれる人がいるかもしれませんね?」「嫌!まだ!まだ!駄目だ!あたしは◎年も俳句をやっている!」
「触らないで下さい!」言ったにも関わらず「先生」は枕元のノートを取りました。
萎えた足 花野を駆けし 夢を見る
それは、思いついた句を看護師さんに書き取って貰ったものでした。
二本の足 花野を駆けて 楽しいな
「ほら、見なさい!あたしが、少し手を入れてあげただけで、こんなに素直な良い句になった!」「私は、もう一生歩けないかもしれないのですよ!」「そんな事は、お前の事情だ!俳句と言うのは、生きる事の素晴らしさや喜びを詠むモノでなければならない!」「貴方とは根本的にモノの考えた方が、違う様ですね?」「俺が、色々と教えて上げた事を忘れたのか?」「貴方に教さわった事?反面教師にしないといけないと思った事ならたくさんありますけど・・」「そんな考え方だからそういう大怪我もするんだよ!大体、鉄線忌だ何だと言ったってそんなのは俺は認めていないんだ!歳時記に載る事だってありえないんだ!」(誰か間諜がいるみたいですね?)「春◎忌なら載りますかね?」
「右京!M!お前!あたしに逆らったモノには、皆バチが、あたったじゃないか?良い気味だな?それにしても右京のババアが、死んで本当に良かった!禄な句も作れない癖に、一々あたしに逆らって!やっぱり男日照りだとああいう捻くれた性格になるのだ!お前も何れは、ああいう風になるんだ!」
その頃の、私は左手なら少しは動かせる様になっていました。左手の包帯を口で解きました。
「先生!私、今一句出来ました。枕元にペンがあるから、書き取ってくれませんか?そして先生に素直な俳句に直して欲しいのです!」「漸く、その気になったんだね?」「先生」が、ペンを取ろうと屈んだ時です。
私は解けた包帯を先生の首の上に垂らし、ベッドの桟に通しました。そして先を口に咥えました。これだけの事ならほんの数秒も掛かりません。そして歯の力だけで思い切り引っ張りました!ベッドの桟という支点がありますから、これだけでも先生の首は見る見ると絞まって行きました!
こんな事を思いついたのは多分、私の中には野獣の血が流れているからだと思います!
「何するんだ!馬鹿やろう!」「どうせ、このまま、一生寝たきりならこいつも道連れにしてやる!」
その時は、本気で思いました。「先生」はナース・コールで助けを呼びましたが、看護婦さん三人でも、私の口から包帯を外す事は出来ずに、男である医師の力を借りるしかなかったのです!
「こんなキ●●イ女は、破門だ!」
「先生」は吐き捨てると転げる様に病院を出て行きました。以来、会っていません!
でも私は、弟子入りしたつもりは、ないのですが?
右京さんのお気に入りという姪御さん、俳句の会の仲間の人達だけは、さすがです。
でも、他の奴等は料簡が狭いというか、意地汚いというか・・。
>姉
いかにもな発想ですね。他人の不幸を何だと思っているのでしょうか?それに付け込むような真似をしてはいけないっていう鵺娘さんの気持ちが台無しです。情けない・・
もっと早くに見限るべきでしたね。
>盲腸
犯罪自慢か?この悪党が!お前の葬式には債権者と被害者が長蛇の列を作るんじゃないかい?残される者は悲惨ですねえ。
>主催者
結局こいつは、俳句なんかどうでもよかったわけですね。金に汚い、口汚い。おまけに病人に対してマリみたいな言葉まで吐きましたか。もういい加減キレそうになってきました。
>愛人
こいつもいっぺん死ね!
>二本の足 花野を駆けて 楽しいな
小学生でももっとマシなものを作れるでしょう・・。あまりのレベルの低さに呆れる・・と言いたい所ですが、むかつく!こいつ頭おかしいんじゃない?
>先生の首は見る見ると絞まって行きます!
惜しい!いやいや、捕まるような事にならなくて良かったというべきでしょうか。体が動かない絶望的な状況で、こんな馬鹿な改竄されれば、道連れに・・という気持ちにもなるでしょうけど、今となれば、こんな阿呆と人生を引き換えにしなくて良かったということで。
右京さんのご冥福をお祈りします。