皆は授業が中断されると喜びましたが、
机の下に潜ると身体がはみ出してしまう私は避難訓練が大嫌いでした。
机から抜け出そうと悪戦苦闘している私を見てマリは
「不様な女ね!」と笑い者にしました。
中学の時、大掛かりな避難訓練をやるから女子は防災頭巾を作って来る様に言われました。
こういう時、必ず聞く子がいます。「
宿題ですか?」
私は裁縫があまり好きではありません。
【マリは
運針をお母さんにやって貰う子に対して
「下手でもいいから自分でやれ!」と叱る様な先生ではありませんでした。逆に言われます。
「少しくらい家事が出来てもあんたみたいな大きな女じゃね?」
「あんた、可哀そうね?こういう時にもお母さんにお手伝いして貰えないのね?」自分の事なら我慢出来ますが、母の事を持ち出されるのは
許せません。この時と調査票を見て「汚い字ね?お母さんにもっと人に読んで貰える字を書く様に言っておきなさい。」と言われた時にははっきり抗議しました。
それからは
運針はワザと下手にやる様になり、学校に提出する書類は字の上手い、姉に頭を下げて書いて貰う事にしました。
私だって苦労しているのです。
中学生くらいになると男子のとれた釦を積極的に付けて上げる子がいますね?私は大嫌いです。一度、釦付けをしていて糸を歯で切ってしまった事があります。その時、当の男子が「鵺菌の厚い唇が触れた!」
と騒いだのです。彼も照れくさいだけだったのかもしれませんが、以降そういう余計な事をするのは止めました。】
案の定、頭巾を作って来る子は殆どいませんでした。
代表で火を消す役をやる子が、その時だけ私の頭巾を貸してくれと
言って来ました。
「実際の地震の時にそんな理論が通じると思ってるの?」
断られた事を怨みに思ったその子が訓練の最中に階段で私は突き飛ばし
小競り合いになりました。
「減るものじゃないし貸してやればいいのに!」「心が狭すぎる!」
この時も皆、彼女の味方でした。
纏足は「かさ地蔵」の話を持ち出し「君にももっと優しい心を持って欲しい」とお説教を始めました。
「こんな事は始めてではないけど!」
私の心境はジュネーブにおける松岡洋右でした。
昭和の歌姫は学校中の嫌われ者だったと聞きました。
1/人数だけ掃除をすると「後はお願いね?」と帰ってしまう。
学芸会で台詞が憶えられない子がいると舌打ちをする。
(今はどうか知りませんが、欠損家庭の子は脇役しかやらせて貰えません)
ボランテイアなんて「子供の遊び」と参加しない。
すべて私にも当てはまるし、至極当然の事の様に思えるのですが?
そういえば彼女とは姉妹の順序が逆なだけで家庭環境も酷似しています。
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それにこの時期はいじめられっ子だっただけでなく、いい思い出はありません。早く脱出したいだけでしたね。
いつも思うことですけど、鵺娘さんの心情が痛いほど伝わってきます。
何か力に・・・というのはおこがましいですが、人に話す(この場合は書くですが)ことでだいぶ気持ちが楽になってくることはあるでしょう。
やはり人は皆自分を認めてもらいたいという願望があるから。